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「難波津に 咲くやこの花 冬ごもり 今は春べと 咲くやこの花」

 「冬ごもり」は、「春べ」の枕言葉。「この花」は、「兄の花」で「梅の花」のこと。この難波津の歌は、競技カルタ(百人一首)のはじめに歌われる歌です。
 また、古来より手習いの歌とされていて、古代の国衙や平安京遺跡などで木簡に書かれた歌として40例前後発掘されています。書記見習いや貴族の子弟が、字を習う手始めとしてこの歌を書いて練習したのです。
 古今和歌集ではこの歌を、「歌の父」と言っています。なぜ、歌の父なのか、なぜ競技カルタの冒頭に読まれるのか。
 その答えは、この歌が、歌の手本だからです。
 古今和歌集の仮名序には「力をも入れずして天地(あめつち)を動かし、目に見えぬ鬼神(おにがみ)をもあはれと思はせ、男女(をとこおむな)の中をもやはらげ、猛(たけ)きもののふの心をも慰むるは歌なり」とあります。
 日本語の言葉には霊力があり、想念をこめて発すれば、「力をおも入れずして天地を動かし」というように、発した言葉どおりに物事を実現させる力があります。
 このことをさして、万葉集巻五にある好去好来の歌(894)で山上憶良は、日本のことを

 「言霊の幸はふ国」

 といっています。永山勇博士の説によると「言霊の威力が、ひとしお活発に発動するのが見られる国」と言う意味だそうです。
 難波津の歌は、仁徳天皇が弟と皇位を三年も譲り合っていたときに、百済からの渡来人学者の和仁が、仁徳天皇に梅の花に添えて差し上げた歌だと言われています。
 意味は、「兄の花」(梅)の咲き誇る春となりました。あなた様は、兄ですから、この花が咲き誇るように天皇に即位なされるでしょう。
 和仁の難波津の歌のように、実際に、仁徳天皇として難波の高津宮で即位されました。この歌に込められた言霊の霊威によって即位されたということ。この歌のとおりになったという事で「歌の父」と言うのです。                                                                万葉集には、「言霊」の言葉が直接使われている歌が長歌を含め三首あります。その第一が好去好来の歌(894)です。
 第二は、巻十一の恋の行方を占った歌(2506)です。
 「言霊の 八十(やそ)の衢(ちまた)に 夕占(ゆふけ)問ふ
        占(うら)まさに告(の)る 妹(いも)は相寄る(あいよ)らむ」
 占い師は、相思相愛になるだろうと占ったので、言霊の力でうまくいくだろうという期待をこめた歌です。
 第三は、巻十三の柿本人麻呂の遣唐使を送る長歌の反歌(3254)です。
 「磯城島(しきしま)の 大和の国は 言霊の 助くる国ぞ ま幸くありこそ 」
 「磯城島」は「大和」の枕言葉。「言霊の助くる国」とは「言霊に宿る霊力が振い立ち、言葉の内容を、そのとおり実現させてくれる国だ」(新潮日本古典集成 萬葉集四)という意味です。前の長歌を受けて「言霊の力」によって無事でという歌です。

「言霊の幸はふ国」=「言霊の助くる国」

でもあるのです。この古代人が認識していた「言霊の霊力」を前提に、万葉集や古事記などを読むと言霊の力を認識し、信じていたことがよくわかるようになります。

 柿本人麻呂の遣唐使を送る長歌(3253)には、

  「言挙げせぬ国」

 と日本のことを歌っています。「言挙(ことあ)げせぬ国」とは「天つ国の御心のままに、人は言挙げなどしない国」(新潮日本古典集成 萬葉集四)という意味です。
 「葦原の 瑞穂の国は 神ながら 言挙げせぬ国 しかれども 言挙げぞ我がする    言幸(ことさき)く ま幸くませと…………」
 この場合、何を言挙げするかというと、「ま幸く」=遣唐使の航海が無事でありますようにとあえてお願いしますという意味になります。
 なぜ「言挙げせぬ国」というかというと、「日本人は、神様の御心のままに清明正直に生きているので、神様が守ってくださる、望むことはすべてご存知だという神様との一体感があるので、あえて神様にお願いしない、不平不満をいわない」ということになります。 日本人が雄弁を嫌うこと、あえて反論しないことも、「神様がご存知だから」ということがあるのだと思います。日本人は議論が下手だということにも繋がりますが、もっと深いところで自己主張をしなくても、神様が良くしてくださるという気持ちがあるのでしょう。
 日本以外の言葉に比べて和歌につかわれる日本古来の大和言葉は、清音、きれいな音からなっています。そして、日本の言霊は、五十音からなっています。ラ行の「ヰ」と「ヱ」を除くと四十八音になります。古神道では四十八音は、ヨトヤ(四十八)の神のみ働きを表しているとあります。
 新約聖書のヨハネによる福音書の冒頭には、

 「初めに言(ことば)があった。言(ことば)は神と共にあった。言(ことば)は神であった。」

とあります。まさに、言葉は言霊であり、神の力が宿る神そのものであるというのが言霊思想であり、この聖書の言葉は端的にこのことを表しているように思えてならないのです。 日本語には、ヨトヤの神のみ力が乗るのです。まさに、日本の言霊思想に古神道の教えと聖書の言葉に繋がります。
 万葉集にある「言霊の幸はふ国」は、日本古来の姿であり、神々が祝福してくださる清明正直(せいめいせいちょく)の国民(くにたみ)であることが前提となるように思います。
 「言霊の幸はふ国」の復活を願って、「高校生のためのおもしろ歴史教室」開設の十五年の記念日にこの項を書きました。

参考図書

18.万葉集の奇跡

○「万葉集のこころ日本語のこころ」渡部昇一著(2019年 ワック)
○「万葉集一~五」青木・井手・伊藤・清水・橋本 校注(新潮日本古典集成 昭和51年~59年)
○「古今和歌集」奥村恆哉 校注(新潮日本古典集成 昭和53年)
○「新共同訳 聖書」(1987年)

令和3年8月18日作成     第164話