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 中国の最古の文明国の一つで、4大文明の発祥の地であり、5000年の歴史という中国の主張に、ひれ伏しているのが現在の日本ではないでしょうか。一方日本は、中国の影響を受けて遅れて文明化し、中国を先生として文明化したと信じ込んでいます。さらには、日本は、無辜の中国を侵略し敗北して現在に至っていると中国の主張を真実として日本のほとんどすべての歴史学者、日本史を教えている高校中学校の先生が受け入れて中国の主張をそのまま教えています。かつての私の認識もこのようなものでした。しかし、中国による歴史の誇大宣伝というべきでしょう。

 シュメール人によるメソポタミア文明の都市文明の発祥が、前3200年頃。エジプト文明は、紀元前3000年頃統一国家が形成されたとされています。さらに、シュメールの王朝系図によると、1万年以上さかのぼることになります。また、ギゼーの大ピラミッドとスフィンクスは前10000年頃作られたとエドガー・ケーシーは述べています。ギリシアのアテネの賢者ソロン(紀元前639年頃 - 紀元前559年頃)が、その当時より9000年前に大西洋に沈んだアトランティス大陸について述べました。その後アトランティス陥没前に、高度な技術をたずさえて、エジプトに到着し、前1万年頃ピラミッドとスフィンクスを築いたというのです。それらが忘れられピラミッドとスフィンクスが古王国の時代の作られたということになっています。
 時事ドットコムサイトより。2020年までに第2列島線まで到達するのを目標にしているという大変な野望をもっている覇権国家が現在の中国です。
 さて、話をもとに戻します。
 4大文明のインダスの都市文明が発祥したのは前2300年頃のことです。煉瓦のサイズなどメソポタミア文明の影響を受ていることは明白です。さらに、殷の都市文明は黄河流域に前1500年頃の成立しました。長江流域にも都市文明があったといわれますが、それは前1400年頃から前1000年ころの長江文明で、現在では黄河文明と合わせて中国文明といわれています。いずれにしても前1500年から前1400年の都市文明です。
 青森県の三内丸山遺跡は、前3500年から前2000年に及ぶ定住の都市文明と言える内容をそなえています。縄文文明です。中国の都市文明よりずっと古いと言えます。
 4大文明という呼称は、日本のみにあるということですが、4大文明説によっても、時系列でみれば、西アジアのメソポタミア・エジプトで発祥し、シルクロードによる交流でインダス河流域に伝播し、最後に中国に至ったということになります。


 さらに、中国という呼称ですが、1912年に建国された中華民国にちなんで、中華民国の要望があり「中国」とよぶようになりました。本来は「支那」です。「支那」の由来は、前778年〜前206年に存在し前221年に中国を統一した「秦」帝国によります。英語では「China」となります。「支那」というのは、「支」=「枝」という文字がありますので、世界の中心などではありません。さらに、戦後1945年戦勝国となった中華民国の蒋介石は日本に対し、「今後は我が国を中華民国と呼び、略称は中国とするよう」主張しました。 つまり、「中国」という名称は、「中華民国」「中華人民共和国」の略称で、「世界の中心の華のような文明の咲き誇る国」を意味します。言霊の影響は恐ろしいもので、世界の文明国、文明の中心的な国であるかの心理的影響を日本に与えています。

 合わせて、中国5000年の歴史と主張しています。しかし、本当にそうでしょうか?殷王国による都市国家の形成は前1500年頃ですから、都市文明以来3500年です。領土国家としては、前221年、秦の始皇帝による統一以来、2200年の歴史です。しかもその間民族が入れ替わっています。中国5000年の歴史といいますと、漢民族5000の歴史ではないかと錯覚します。歴史に詳しくても、文化伝統が継続しているかの如く錯覚をもたらしますが、現在の支配階級である漢民族の国ではありませんでした。支配者の民族が様々に入れ替わっています。

 中国を前221年に初めて領土的に統一した秦の始皇帝は漢民族ではなく、羌族であるとされています。さらに、司馬遷の史記によると実父は呂不韋であり、呂不韋は大商人です。 当時ユダヤ人はシルクロードの商業を牛耳っていました。羌族もユダヤ民族お血が入っており、漢民族の王(皇帝)ではないということになりそうです。
 漢はその名のとおり漢民族の国ですが、三国時代を経て、五胡十六国(304年〜439年)まで、中国の北半分は異民族に支配されました。北魏も同様でした。また、隋(581年〜618年)唐(618年〜907年)の皇帝の出自は五胡のうちの鮮卑系の貴族であるので、漢民族であるとはいえません。隋唐の皇帝は、青い目をしていたということです。
 宋(960年〜1279年)明(1368年〜1644年)の皇帝は漢民族ですが、宋のあとの元の皇帝はモンゴル族、明の後の清の皇帝は、女真族です。漢民族ではありません。

 さて、中華人民共和国は、世界の中心の華の国といった文明国ではありません。文明国は徳の高い、平和国家のことでなくてはなりません。世界の中心の華の国は、文明国でなくてはなりません。現在の中華人民共和国の民族構成は、漢民族以外に、モンゴル族、チベット族、ウイグル族など多様です。多民族国家の原因は、中国を慕ってではなく、侵略の結果です。中華人民共和国はいわゆる帝国主義の国で、内陸部に領土を拡大して行きました、北方のモンゴル族を支配し、チベットを侵略し、ウイグルを弾圧しています。

 内陸の侵略のあとは、海洋進出です。習近平主席は、海洋国家になることを明確に目指しています。南沙諸島の人工島の構築や尖閣諸島の領土問題すべて一つの戦略に基づきます。アメリカのオバマ大統領との会談で中国の最高指導者の主席である習近平は、新たな大国の関係を強調し、「太平洋二分論」までにおわせています。
 地図にある第1列島線、第2列島線は、中国の侵略目標とでも言えるものです。文明国というよりは、侵略国家が中国です。孔子、孟子などを輩出した儒教の伝統は古代の中国の話であって、現在の中国は、度重なる異民族との闘争の中で、かつてのローマ帝国、モンゴル帝国、ロシア帝国などのような覇権国家(侵略国家)であるという認識を忘れてはいけないと思います。このような前提で中国史を見ないといけないのではないかと思います。けっして「世界の中心の華の国」ではありませんし、そのようになってもらってはこまる国ではないかと思います。

参考図書

○「世界のニュースがわかる!図解地政学入門」橋洋一著(あさ出版 2015年)
  
平成28年06月13日作成 第114話