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高校生のためのおもしろ歴史教室>世界史の部屋

31.ヴァルダナ朝以後のインド

6世紀中頃にグプタ朝が滅亡後、分裂時代が続いたが、ハルシャ=ヴァルダナ(在位606年~647年) が北インドを統一しヴァルダナ朝を開いた。
 ハルシャ王は、ヒンズー教、仏教を保護した。グプタ朝の時代に作られた仏教の総合大学であるナーランダ僧院に玄奘が来て学び、ハルシャ王の保護を受けて勉学に励み、膨大な経典を中国にもたらした。帰国後仏典の翻訳に生涯をつやした.。
古代インドの最後の輝きを示したヴァルダナ朝の時代に玄奘(三蔵法師)が来印し、多くの仏典を唐にもたらして中国仏教発展の基となった。以後インドでは仏教は衰退・消滅の運命をたどる。中国に移された大乗仏教は、日本で独自の発展する。
 現在最も日本で詠まれている大乗仏教の真髄を伝えるものとされている『般若心経』は、649年玄奘の訳によるものである。
 その中にある、「色不異空、空不異色、色即是空、空即是色。受・想・行・識亦復如是。舎利子。是諸法空相、不生不滅、不垢不浄、不増不減。」などは、ヒンズー教の聖典である『バヴァギャット・ギーター』を彷彿させるものがあり、共通の覚りであることが伺える。正しく『般若心経』は、『梵我一如』の覚りによる解脱を目指すインド固有の思想から発していることがわかるのではないか。
 因みに『般若心経』原本であるサンスクリット語の般若心経の最古のものは、609年に招来としたと言われている法隆寺所蔵のものと云う事であり、他民族に侵略されることの無かった日本でこそ残り得たものであると言える。
 玄奘の新訳では、サンスクリット語「Avalokiteśvara(アヴァローキテーシュヴァラ)」を「観自在菩薩」と訳した。それ以前、鳩摩羅什(344年 - 413年西域僧のクマーラジーヴァ)の旧訳では、これを「観世音菩薩」と訳していた。それ以前の古訳では「光世音菩薩」とも訳されていた。

 なお、大乗経典のもう一方の雄である 『妙法蓮華経』は、鳩摩羅什訳のもの(旧訳とよぶ)が、最も優れた翻訳であるとされている。
 ハルシャ王の死後、ヴァルダナ朝は崩壊し、以後クシャトリアの子孫を自称するラージプト諸族の王朝が群雄割拠した。
 7世紀後半から12世紀までをラージプト時代とよぶ。ラージプト諸王朝は尚武的で、711年より始まったイスラム勢力の侵入を良く防いだが、1192年イスラム勢力に敗れ、ラージプト時代は終結した。しかし、土着勢力としては、ラージプト諸族は、イギリス支配下の藩王国として復活することとなった。
 ラージプト諸族は、クシャトリアの子孫を称したことで分かるように、カースト制度として紹介されているヴァルナ制を自明のこととし、それを守ることが解脱への方法であるとするヒンズー教がインドに定着することとなった。ナーランダ僧院は、仏教の衰退に関わらず存続し、1193年にイスラム教を奉じる軍隊によって破壊されるまで存続した。 

 マウリア朝のアショカ王によって、スリランカに伝えられた上座部仏教は、さらに、タイ、ミャンマー、カンボジア、ラオスに伝道された。これらの国では現在、上座部仏教は、国教又は準国教に位置づけられ、出家者は、大きな尊敬を集めている。
 カンボジアでは、802年成立したクメール王国の下、12世紀には、巨大なヒンズー教寺院であるアンコールワットや仏教寺院を内包する巨大な都城であるアンコール=トムが造営された。
 インドネシアのジャワ島におこったシャイレンドラ朝(752年~850年頃)では、大乗仏教の世界観にもとづくボロブドール遺跡が作られた。バリ島は現在もヒンズー教徒の多い地域である。
 

参考図書

○「(22)般若心経」遠藤誠 著(FOR BEGINNERS シリーズ所収 1984年 現代書館)
 摩訶般若波羅蜜多心経
観自在菩薩行深般若波羅蜜多時、照見五蘊皆空、度一切苦厄。舎利子。色不異空、空不異色、色即是空、空即是色。受・想・行・識亦復如是。舎利子。是諸法空相、不生不滅、不垢不浄、不増不減。是故空中、無色、無受・想・行・識、無眼・耳・鼻・舌・身・意、無色・声・香・味・触・法。無眼界、乃至、無意識界。無無明、亦無無明尽、乃至、無老死、亦無老死尽。無苦・集・滅・道。無智亦無得。以無所得故、菩提薩埵、依般若波羅蜜多故、心無罣礙、無罣礙故、無有恐怖、遠離一切顛倒夢想、究竟涅槃。三世諸仏、依般若波羅蜜多故、得阿耨多羅三藐三菩提。故知、般若波羅蜜多、是大神呪、是大明呪、是無上呪、是無等等呪、能除一切苦、真実不虚。故説、般若波羅蜜多呪。
即説呪曰、羯諦羯諦波羅羯諦波羅僧羯諦菩提薩婆訶。般若心経     
 観自在菩薩は、深き般若波羅蜜多を行ぜし時、 五蘊(ごおん)は皆空なりと照見して、一切の苦厄を度したまえり。舎利子(シャーリープトラ)よ。色は空に異ならず、空は色に異ならず。色はすなわちこれ空、空はすなわちこれ色なり。受・想・行・識もまたまたかくの如し。
 舎利子よ、この諸法は、空の相にして、生ぜず、滅せず、垢つかず、浄からず、増さず、減らず。
 この故に、空のなかには、色もなく、受も想も行も識もなく、眼も耳も鼻も舌も身も意もなく、色も声も香も味も触も法も、なし。眼界もなく、ないし、意識界もなし。無明もなく、また、無明の尽くることもなし。ないし、老も死もなく、また、老と死の尽くることもなし。苦も集も滅も道もなく、智もなく、また得もなし。得るところなきを以ての故に、
 菩提薩埵は、般若波羅蜜多に依る。故に、心に罣礙(けいげ)なし。罣礙なきが故に、恐怖あることなく、一切の顛倒せる夢想を
遠離して涅槃を究竟す。
 三世の諸仏も般若波羅蜜多に依るが故に、阿耨多羅三藐三菩提を得たまえり。
 故に知るべし。般若波羅蜜多は、これ大神呪なり。これ大明呪なり。これ無上呪なり。これ無等等呪なり。よく一切の苦を除き、真実にして虚(こ)ならざるが故に。
 般若波羅蜜多の呪を説く。すなわち呪を説いていわく。
 羯諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶
 般若心経                         
(8頁~11頁)
 ※摩訶(マハー=大いなる)般若(パンニャ=叡智)波羅蜜多(パーラミータ=川の向こう岸につく[悟りを開くこと])
 ※舎利子  釈尊の弟子の1人シャーリープトラ
 ※五蘊 人を構成する5つの要素 色(しき),受(じゆ),想(そう),行(ぎよう),識(しき)の五つをいう
 ※色 物質界 
 ※空 霊界・真実の我(アートマン)又は宇宙の実相(ブラフマン)
 ※般若波羅蜜多 叡智の悟りを開くこと
 ※罣礙 こころの引っかかり、さまたげるもの
 ※呪(マントラ) 菩薩(菩提薩埵)の言葉・真言 呪文のこと 
 ※阿耨多羅三藐三菩提 (アヌッタラー・サムヤック・サンボーディー) この上なく 正しく平等の正しい目覚め[無上正等正覚]
 ※羯諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶(ガテーガテー パーラガテー パーラサンガ―テー ボーディ ボーディースヴァーハー) 往ける者よ往ける者よ かなたの岸(彼岸、つまり迷いの岸を渡り悟りの岸)に往ける者よ かなたの岸に全く往ける者よ 悟りよ 悟りよ幸いあれ

○「古代インドの文明と社会」山崎元一著(「世界の歴史」3 所収 中央公論社 1997年)
  
平成25年04月29日作成 第089話