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高校生のためのおもしろ歴史教室>読書案内

「日本史から見た日本人・古代編」渡部昇一著(平成元年 祥伝社)  

 詳しくは「日本史から見た日本人・古代編ー「日本らしさ」の源流」という長い書名です。
 日本史の授業で出てくる天皇というのは、古代の天皇制の統一の経緯、飛鳥時代から平安時代までの権力闘争、後醍醐天皇の南北朝と、昭和天皇の戦争犯罪ということで、天皇制の負の側面ばかりが強調されている。平和裏に体制を変換した世界の奇跡である明治維新についても、その限界を説くのみで、天皇制の肯定的な側面というのは触れらる事はない。むしろ天皇制が日本に果たした役割の方が多いのでないのかと思うのだが、授業でふれることはない。日本は、いかなる国なのかを考える上で、天皇制の存在は、避けて通ることができないものである。農業国家の五穀豊穣を祈る祭主として天皇は存続してきた。よく見ると天皇が君臨するが故に、色々な混乱の中で日本は統一を保持し、長き間平和を維持してきた。将に、日本統一のシンボルであった。
 冷静に考えるとそのような天皇制も、天皇制があるから差別がなくならないとか、天皇制が在るから日本は侵略国家となったとか。天皇制否定の教育を物心ついて以来受けてきた。西洋の歴史を解析したマルクス・レーニンの史的唯物論を日本に当てはめれば、天皇制は、古代奴隷制の名残りか、市民社会が現れる前の絶対君主制となる。日本に当てはめることに無理があるが、議論に無理があるのではないかと感じてきた。その疑問に答え、日本の天皇制の肯定的な側面を冷静に表に出したのが、渡部昇一の「日本人から見た日本人」のシリーズではないかと読んで感動した。今でも初めて読んだときの感動が忘れられない。
 天皇制の前近代性と戦争犯罪を糾弾した本を読むと同時に、この天皇制を日本の文化と伝統の屋台骨であったとするこの一連の著作を是非読んでいただきたいと思う。
 さらに、自虐史観という言葉がある。中国と韓国・朝鮮より日本の侵略が糾弾されている。それを肯定し、日本人の誇りをおとしめようとする学者文化人がいる。特に高校の社会科の先生の8割がそのような授業を行っていると言っても過言ではない。典型的なのは秀吉の朝鮮侵略。日本人は野蛮人の国家で、侵略行為を繰り返して来たというものだ。その当時、世界は弱肉強食の時代であった。400年前の時代に生きた日本がなぜ、いま糾弾されねばならないのか。そのような疑問にも答えてくれ、日本人としての誇りを取り戻せる内容にもなっている。この本に触れると、必ずや日本に対して誇りを持つことが出来るようになると思う。自虐史観といわれる日本の文化伝統を否定することによって何が生まれるのか。日本人としての誇りを持たずして、世界に活躍する人材となることは出来ません。同時に、短絡的な皇国史観では、人権を無視するやくざ的な右翼と変わらないでしょう。日本の文化伝統を全て否定し、中国文化や欧米文化価値観を至上とする自虐史観にも、戦争の反省に立たない皇国史観の立場も賢明とは思えません。どちらも乗り越えた中庸的な、素朴に日本を愛し、日本人としての誇りを持ちながら、謝罪すべき所は謝罪して、世界の貢献する平和国家の担い手を育成することこそ歴史教育の目的ではないかと思うのです。
 歴史学者の樋口清之の「世界に通用する『日本人論』の出現」という推薦文を最後に引用します。「日本人が日本論や日本人論を書く場合、往々にして日本人の美質を極端に強調したり、反対に欠点のみを論じたり、どつらか一方に偏る可能性がつねに伴う。この意味で優れた日本人論は数えるほどしかない。…」是非とも読んでもらいたい一冊です。
 天皇制をシリーズで考える鎌倉編・昭和編も併せて紹介したいと思います。

「日本史から見た日本人・鎌倉編−「日本型」行動原理の確立」渡部昇一著(平成元年 祥伝社)
「日本史から見た日本人・昭和編−「立憲君主国」の崩壊と繁栄の謎」渡部昇一著(平成元年 祥伝社)

平成20年12月23日作成